70年間にわたって頻繁に地震を発生させる
マグニチュード(M)は、7.0~7.1だった安政江戸地震の規模は、兵庫県南部地震よりも僅かに小さい程度です。伊豆半島を乗せた相模湾以西の海底の岩盤(フィリピン海プレート)の運動が原因で、この地震が発生しました。小田原から房総半島の南の海で、関東を含めた北日本の基盤である岩盤(北アメリカプレート) に激突して、このプレートは下に潜り込んでいます。
関東大震災は、その潜り込み始めた場所のプレート境界断層が引き金となって、発生しました。この境界面の北延長部、現在の東京都心部の真下にあるプレート境界が、関東大震災に先立って動いたのが、安政江戸地震と推測されています。もっと浅い地震という意見もあります。安政江戸地震後の東京では、関東大震災が起きるまで頻繁に地震が発生しています。
関東大震災よりも心配される地震
1855(安政2)年の安政江戸地震は、幕末の江戸に甚大な被害をもたらした。これは東京(江戸)で発生した直下型地震の典型的な例です。東京都心に被害を与える大地震にはいくつかの種類が予測されますが、1923(大正12)年に発生した関東大震災の再来は、まだ100年以上先のことだと予想されています。ですが、関東大震災の70年前に起こったこの安政江戸地震のような直下型地震が、さしあたり東京では心配されています。